「子ども白書」2020年版

新型コロナ感染拡大と「文化・芸術」の危機

~子どもの「文化権の保障」の視点から

大屋寿朗(特定非営利活動法人子どもと文化のNPO Art.31代表)

 

突然の「自粛要請」

 

 226()、政府から突然、大規模文化イベント等の自粛の「要請」がありました。私たちArt.3131日と2日に愛知で、子どものためのパントマイムを3ステージ上演する予定でした。「大規模なイベント」でもなく、「全国一律の自粛要請を行うものではない」とのコメントもあったので、「感染防止対策はしっかり行おう。」と主催者とも連絡を取り合い、準備を始めました。

 

ところが翌27()さらに、「全国すべての小学校、中学校、高校、特別支援学校について、春休みまで臨時休業」と「要請」があり、3月2日()から全国一斉に休校になります。この時点でも、「舞台の感動で免疫力を高めよう!」「子どもたちが楽しみにしてるからやろう」という声が多くあり、「窓を開放し、全員マスクをして、椅子の間隔を十分にとれば、感染防止できる。」「会場を屋外に移そう」等、29日ぎりぎりまで検討を重ねました。公演直前の「中止」は、チケットを買ってくれた人への連絡・払い戻しや、すでに発生している経費の清算、会場へのキャンセル料の支払い等が必要となります。延期するにしても上演団体とのスケジュールの調整、会場確保、告知・集客等、大変な苦労が必要になるのです。

 

しかし、「万が一感染者が出たら…」「学校が閉じられ、家から出るなと言われているのに、子どもたちを集めて良いものか…」という不安の声は無視できず、断腸の思いで中止が決定されました。何より公演を楽しみにしていた子どもたちにとっては、青天の霹靂。

 

この日から、3月、4月の演劇・芸能の公演、コンサート、集会などのイベントが全国一斉に「自粛」されていきます。子どもの舞台芸術の分野でも、公立の文化ホール等は自治体の判断で閉館となり、主催事業はもちろん、子ども劇場などの住民主催の公演も中止や無期限の延期となりました。全国一斉の休校で、3学期の芸術鑑賞教室(学校公演)もなくなりました。さらに感染は拡大し収束の見通しがもてない中、5月、6月、7月と順に中止が決定され、早いところは秋から年内の公演も中止になっています。

 

春から夏にかけてのこの時期は、気候も良くなり、子どもたちの活動や舞台公演が活発に行われる時期ですが、全国各地でこのような悲しい思いが今も続いています。

 

 

 

舞台芸術の魅力と弱点

 

近年、地震や台風、洪水などの自然災害が多発しています。私たちも昨年9月の仙台公演を台風19号に直撃され、出演者やスタッフが全員現地に集合した公演当日に、中止を判断するという辛い経験をしたばかりです。

 

生の舞台芸術は、ある日一定の時間、ある場所に、一定数の観客と上演団体が集まらなければ成立しません。時間と空間を共有し、舞台上に芸術的な世界を創り出し、客席の想像力と交流して劇場空間を生みだします。そこに映像とは異なる「直接の出会い」で心を震わせる大きな魅力があります。ですから、自然災害の多発は、舞台芸術の成立そのものを脅かす危機ですが、今回のような感染症の拡大は、全国、世界一斉に、すべての人が、長期間にわたって、「集まり」「出会う」ことができないという意味で深刻さは甚大です。

 

 

 

子どものための文化・芸術の危機

 

文化・芸術は、人々の長い時間をかけた、生活文化の継承・発展や、創造的な挑戦・構築、技術の習得・研鑽の中で生まれ磨かれて、いま子どもたちの前に存在します。

 

日本の場合、文化政策の弱さがベースにあり、特に子どものための舞台芸術は、創造・普及、育成・研鑽、そのほとんどが民間の芸術団体や、芸術家個人の努力に担われています。その経費は公演収入によって賄われており、公演なしには団体も個人も活動を維持できません。

 

今回、この事態の中で、地域の文化団体が、苦境に立つ芸術団体や芸術家に対して、延期された公演の上演料を先払いする等、励ましの手を差し伸べ、組織的継続的な文化運動の重要性を改めて示しました。しかし、「要請」が中止させた公演の保障・救済について、今のところ政府は「無理」と言っています。

 

財政問題と併せて深刻に思うのは、芸術団体や芸術家の創造・表現の意欲の問題です。

 

第一線で活躍している人たちも含めて、ほとんどのアーティストが、芸術活動の収入だけでは活動を維持できていません。私の知るアーティストたちもそのほとんどが、「舞台に立ちたい」「子どもたちと出会いたい」そして「観客と心を交わし、感動を呼び起こしたい」という志と創造的な意欲を糧に芸術活動を続け、不足する収入は、アルバイトや家族の支えによって補われています。

 

そんな彼らが今、「心が折れそうだ」と危機を語ります。短期間ならば、お金の問題は給付金やアルバイトで乗り切れるかもしれません。しかし、彼らは心の支えである観客との出会いの喜びを失っているのです。そして、演技や演奏を共に作り磨き合う仲間との稽古も今はできません。今後、稽古は再開できたとしても、公演本番という緊張と高揚の舞台を想定できなければ、厳しく充実した稽古はできません。この先長期間、公演再開の目途が立たない中で、アーティストに一番大事な内面の活力、創造の意欲が維持できず、アルバイトで頑張る気力も萎えそうだと言っているのです。1日も早い公演の再開が必要です。

 

 

 

「文化・芸術への参加」は子どもの権利

 

子どものための芸術・文化活動を支えてきた人たちが持ちこたえられなくなることは、日本社会が文化の多様性をひとつ失うことであり、子どもたちの生活と成長に不可欠と子どもの権利条約第31条で確認した「文化的生活・芸術への参加の権利」が奪われるということです。

 

「子どもの権利条約31条の会」は、46日に、芸術・芸能団体の存続の危機は子どもたちの「芸術への参加の権利」の危機だという視点を明らかにして、「緊急アピール」を発表しました。その最後に「いまこそ<子どもの最善の利益>実現の視点にたって、さまざまな知恵を出しあい、取り組みを交流し、学び合っていこう」と結びました。今回のコロナの問題が終息したとしても、感染症や気候変動、震災など自然災害は、今後ますます頻発することが予想されてます。ドイツの文化相はこのコロナ禍の中で、「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と断言しました。命と魂の糧であり、人類の財産である文化・芸術をいかに守り発展させていくか。この分野でも、日本中、世界中の知恵と力の結集が求められています。