「子どもと読書」2020年5・6月号

特集:子どもの声が聞こえますか?         ―「子どもの権利条約」を生かそう―

いまこそ、子どもたちに31条を!

大屋寿朗(ART.31代表)

 

国連子どもの権利条約(以下、条約)が、国連総会で全会一致をもって採択されてから、昨年の11月で30年。日本も25年前に国会で批准しました。

 

子どもの権利条約への期待

条約制定の頃、私は子ども劇場・おやこ劇場、(以下、子ども劇場)の専従事務局でした。条約の批准を求める運動にも、第1回の市民・NGO報告作成にも、子ども劇場の全国組織の窓口として関わりました。

「子ども劇場運動」は、舞台芸術の鑑賞と、遊びや表現活動などの自主的文化的活動を通して、地域に異年齢にまたがる子どもたちの自治による集団を育て、子どもが豊かに育つ地域の環境を創っていこうと、1966年に福岡から始まった、地域文化運動です。私は福岡に生まれ育ち、発足時小学2年生で、親に連れられて会員となりました。以来54年間、福岡、京都、広島、東京、長野と地域を漂い、仕事も演劇を提供する側に転じ、NPO法人を立ち上げ、と変遷しましたが、子ども劇場には、今なお会員として繋がっています。

条約が生まれた当時、私たち文化・芸術団体は、その第31条に「文化的生活、芸術への参加」が明記されていることに注目し、私たちの活動に初めて法令の裏付けができると期待を膨らませて、積極的に国会批准を求めました。批准されれば、国内法が整備され、文化政策や文化予算に子どもの文化や舞台芸術振興が位置づけられるはずだと考えたからです。

しかし、残念ながらそうはいきませんでした。外務省は「人権後進国」と見られたくないと、国際社会での体裁を気にしてか、批准には積極的に動きましたが、政府全体としては、「日本の子どもたちの人権はすでに保障されている。」という見解を示し、国内法令の見直しや予算には手を付けませんでした。

条約の批准に「実効性」を期待していた文化・芸術団体は、次第に「無力感」を抱くようになっていき、その後は、市民活動の法的認知を求める「NPO法」や、芸術文化の振興を謳った「芸術文化振興基本法」の制定・活用に関心が移り、子どもの権利条約は語られなくなっていきます。

 

権利条約に関わって30

しかし、子どもを保護・育成の対象とだけ見ず、権利の主体として位置づけ、「子どもたちの発達を保障し、子どもたちと共に現実の改革し、人間らしい豊かな暮らしを実現し、未来社会を創り出していこう」と発信していると思えた、条約の「子ども観」・「社会観」に魅力と可能性を感じていた私は、実効性や利害を超えて、その後も条約の実現にこだわり続けてきました。

そんな私に力を与えてくれたのは、条約の第31条を入り口に、文化・芸術、学童保育・児童館、子ども会・少年団などに関わる実践者や研究者の皆さんが集まった「31条の会」での学習・研究、実践交流でした。「余暇・遊び・芸術文化」を総合的な連関の中で捉える理解を深めてくれました。

また、31条の会は、「子どもの権利条約市民・NGOの会」の「子どもの生活部会」として、1998年の第一回国連審査から約20年、国連審査に向けての報告書の作成にも継続して参加しました。その「市民・NGOの会」の活動の中で得られた教育、福祉、司法など、他分野の専門家の方たちとの交流は、子どもを取り巻く状況や権利についての理解と視野を重層的に広げてくれました。

 

国連子どもの権利委員会による31条の解説

条約第31条は、休息、余暇、遊び、レクリェーション、文化的生活、芸術と、6つの権利を謳っています。条約が紹介された当初は、なぜこの6つがひとつの条文で括られているのか疑問視する声もありました。他の条文からこぼれた権利の「寄せ集め」とも受け止められ、「忘れられた条文」と揶揄されるほど、あまり重要に扱われてはいませんでした。また、31条を重視する人々の中でも、「遊び」を推奨する団体は31条を「遊びの権利」と言い、「文化・芸術」を推奨する団体は「文化・芸術の権利」と呼び、それぞれに31条を理解し、語っていました。

しかし、2013年に発行された国連子どもの権利委員会(以下、権利委員会)が発表した、ゼネラルコメント№17が、この条文の6つの権利の相関を明確に整理してくれました。権利委員会は、条約・条文の正しい理解のために、テーマごとに「総合的解説」(ゼネラルコメント)を公式文書として発表してきましたが、ゼネラルコメント№17は条約第31条の解説です。

 

遊び・レクリェーション

ゼネラルコメント№17は、「遊び」は、「発達の本質的構成要素」と位置付けながらも、一方で「遊び自体は非強制的で、内発的動機によって行われ、何らかの目的のための手段としてよりも、それ自体のために企てられる」「子ども時代の楽しみの基本的で欠くことのできない側面」と解説しています。

「遊び」は、日本においてはあまり積極的な言葉ではありませんでした。しかし、多くの実践や研究の中から、「遊び」が子どもたちの体や脳の成長に効果的と認知されてくると積極的に受け止められはじめ、「遊び」は「教育」の手段として推奨されていきます。

遊びの延長線上にあるはずのスポーツやレクリェーションも、日本では体育や鍛錬として学校教育の中に取り込まれ、「教育」の名のもとに大人が関与して競技化され、勝敗へのこだわりを強めます。

結果、「子ども時代の楽しみ」という「今」は、「成長」という「未来」の前に軽視されていきます。「無駄に遊んではダメ。」「未来のために今はガマンしなさい。」と。

 

文化的生活・芸術への参加

ゼネラルコメントでは、文化的生活や芸術への参加についても、条文にもある「自由な参加」が重要で、「子どもたちによる選択を尊重し、それらに対する干渉を慎むこと」が必要であるとしています。

芸術も、音楽、図工、書写などとして、日本でも早くから学校教育に取り入れられてきました。学校の授業以外でも、演劇や吹奏楽、コーラス、書道、ピアノ、バレエなど、課外活動や習い事として盛んにおこなわれ、大人の指導・評価が一般化し、序列評価が行われ、あるいは競技化されていきます。学校行事として行われる芸術鑑賞教室も、集団行動の訓練や感想文の提出が前提とされ、自由な雰囲気ではないところも多くみられます。そこでは、芸術を楽しむことや、表現活動や芸術鑑賞による深い感動や、心の躍動を味わう機会は狭められます。

ゼネラルコメントは、その楽しさや心の躍動そのものが子どもたちに必要であり、その結果として、「文化的生活と芸術への参加を通して、自分達自身のアイデンティティーを発見し」「他の文化や芸術的伝統から学ぶ機会を得て、相互理解を深め、多様性の良さを理解し」「自分たちが所属する社会の発展と変革を促進するための権利を得る」としています。

 

休息・余暇

「余暇」は、「遊びやレクリェーションが行われる時間」「自由で束縛のない時間」と定義され、「全ての外部から指示される活動への従事を含まない」「何もしない選択もある」「子どもが思うように使用できる自由裁量の時間」と解説されています。

そして、十分な「休息」が得られないと、「子どもたちは、学習に対する気力、やる気、身体的・精神的能力を失ってしまう。」とした上で、「休息・余暇」は「子どもたちの発達にとって、栄養摂取、住居、医療、教育と同じように重要な基礎的要素」と言います。

 

 31条全体を読み解く

6つの権利の解説をつなぐキーワードは「自由」、「内発」、「主体」。そして、「楽しみ」と「成長」です。

「十分な休息と、自由な時間の確保が、子どもたちの内発的・主体的な遊びを呼び起こし、遊びは子どもたちに今を楽しみ、未来に向けて成長する力を与える。そして、主体的な遊びからつながる文化的生活と芸術への自由な参加によって、子どもたちは自分を知り、他者を知り、社会と出会って、社会に参加し、社会を変えていく主体となる。」と、繋げて読むことができます。

31条は、子どもの権利条約が保障する子どもの自立に必要な6つの権利※である、「生存」「生活」「学習」「遊び・文化」「更生」「自治・参加」の全てをつなぎ、「子どもを『権利の主体』として、『子ども時代』を保障し、『社会の一員』として共に『充実した今と幸福な未来』の実現を目ざす」という、条約の根幹を表現する条文とも言えるのです。

※ワニブタ絵本ガイドブック(増山均/大屋寿朗著)

 

国連審査・勧告と市民・NGO報告の意義

昨年3月に公表された第45回の日本政府に対して権利委員会は、第6条の「生命、生存および発達に関する権利」に関する所見として、

20-a.社会の競争的な性格により子ども時代と発達が害されることなく、子どもがその子ども時代を享受することを確保するための措置を取ること。

と、勧告しました。権利委員会のこれまでの勧告は、「競争的教育」が「子どもの発達にゆがみを生み」、自殺、不登校、いじめなどが減らない状況に対して改善を勧告してきましたが、「教育」に限定せず、日本社会そのものの性格を「競争的」と表現し、子どもの「生命、生存、発達を脅かす」という認識は今回が初めてです。また、「子ども時代と発達」と表現し、子どもの「今」と「未来」の保障を並列して求めたのも初めてのことでした。

私たち31条の会は一貫して、31条が求める「子ども時代」が奪われていることを、国連への報告の中で訴え続けてきました。今回の国連勧告には、明らかに私たちの活動が大きく影響を与えたのではないかと考えています。

 

31条を力に、子どもたちに「子ども時代」を取り戻そう

芸術活動もコンクールとして競わせる競争主義。「無駄」を排除する効率主義。「失敗」を許さない成果主義。不安に付け込む「勝ち組」「負け組」の脅迫。受験競争を煽り、営利を拡大する教育産業。「遊び」を商品化し、子どもたちを「市場」とする玩具業界。

そんな、競争的な社会にはびこる「時間泥棒」を見抜き、騙し取られた大事な時間を取り戻すために、今、私たちには「モモ」が必要です。

 

子どもの権利条約第31条は日本の子どもたちの「モモ」(ミヒャエル・エンデ『モモ』)です。遊びや芸術・文化の本当の楽しさと大切さを知る私たちは、今こそ31条を真ん中において広く手をつなぎ、子どもたちに「子ども時代」を保障する運動を、広げていかなければと強く思います。