31条のひろば 実行委員会① 2026年01月31日
<司会・進行>大屋 寿朗(Art.31/31条のひろば事務局長)
全部で17名が参加の意思を表明されて、そのうち5名が欠席ということで、12名の参加で、本日の第1回の実行委員会を始めます。
お疲れ様です。去年のフォーラムが11月でした。それから、Culture&Artsという「31条のひろば」の1つのプログラムは、12月20日~21日までやりましたので、2025年のひろばはつい先日終わったばかりという感じなのですが、もう今日1月31日、2026年の第1回の実行委員会ってことなので、本当に1年が繋がってしまって、「ずっーと31条のひろばが開いてる」みたいな、私にとってはそういう印象なんですけれども、「『ひろば』はオープンに開いていた方がいいのかな」ということで、楽しいことではあります。
皆さんに、昨日、提案の文章をお送りしましたが、その内容について、若干かいつまんで復習しましょうか。今日はそのことについて議論をしたい、意見交換をしたいと思ってます。で、確認をして、今年1年間を始めていきましょう。ということで。
今日これだけの方が集まっていますので、前提として、“今年も31条のひろばはやる”ということでよろしいのでしょうか。 “異議あり”という方いらっしゃいますか。この実行委員会は、決まった人たちがいて、その中で意見をまとめながら作っていくというのではなく、やりたい人たちが集まって実行委員会を形成して、そして中身も作っていくという風に進めてきましたので、みなさんここに参加していただいているということは、「今年もやりましょう!」ということで集まっていると理解をしますが、よろしいでしょうか。
はい、ありがとうございます。では提案を、ちょっとおさらいした後に、集まっていただいてる方に、自己紹介を合わせて、ご意見をそれぞれいただきたいと思います。
去年は、1年間、テーマを決めて、そのテーマに沿って議論をしていくってのが実行委員会でしたけど、今年提案をしていますように、さらにこの輪を広げていきたいというところで、どう運営していくか、どういう風に広げていくのかっていうことも、運営委員会という形で進めていきたいという風に思っていますので、今日は、実行委員会でありながら、その運営についても確認をする、今日は第1回ということなので、運営についての確認と進め方についての合意を確認して、次に向かっていきたいという風に思ってますので、近況報告も含めて、1人5分ぐらいはお話しいただけるかと思います。
齋藤さんに、去年の実行委員長としての振り返りみたいなことを話していただいて、皆さんの発言の口火を切っていただく。発言の呼び水にしていただきたいという風に思っています。
まず、提案をしたのは、日程と会場です。今日、それぞれの企画チーフの北島さんとただじゅんさんが今日欠席なので、前もってお話、相談をして、日程調整をしました。今年は、ひろばの中から生まれた、舞台芸術をやってるメンバーで作ってきた「その後のウサギの物語」という作品の公演が8月、9月、10月と続くんですね。土日がほとんど公演で埋まってしまうということもありまして、去年と同じように今年も11月で11月15日ということで提案をします。で、ご了承いただければということを前提として、会場はオリンピックセンター。これは空いていましたので、仮に抑えてはいます。去年ちょっと会場が大きすぎたので、今年は半分ぐらい120名定員の会場が空いてましたので、押さえています。
開催主体はこれまでと同様に、主催「31条のひろば実行委員会」っていうことでやっていきたい。財政の責任と開催実務についてはどこかが責任を持ってやらなければなりませんので、これまでも実行委員会のもとで実務を請け負うという形で、Art.31が事務局を担ってまいりました。今年もそういう形で進めていきたいと思います。
で、これまで運営は、チーフ会議がまとめるということで、3つのひろばの企画のチーフと実行委員長と事務局長ということで、準備をしてきました。どっかの団体があって、その行事として進めていくわけではないというとりくみの性格と、組織的な仕組みがあるわけではないので、全体の合意で進めていくと言ってもなかなか難しいという実情があって、企画のチーフっていうのを決めて、そこで練っていきながら、実行委員会で承認していただくという形で今までは進めてきました。
実行委員会は個人加盟にしてきました。これは、私もそういう経験はたくさんありますが、そういう集いを持つ時に、団体が実行委員会になって、その団体から実行委員を出していただいて、実行委員会を作って運営していくというやり方が多かったんですけども、それでは団体の大きい小さいとかですね、会員の大きさも全然違いますし、本当に対等に1人1人が参加できるような条件を作っていきたいということが最初からの願いではありましたので、まず最初は31条の会、それから東京おもちゃ美術館、そしてArt.31の3つの団体が呼びかけ団体として第1回を呼びかけはし、それに子どもを守る会とかIPAですとか、TOKYO PLAYだとか、からだと心の連絡会議などが団体としても「賛同しますよ」、あるいは、それぞれの団体として、31条のひろばを自分たちの主体的な、自分たちの取り組みとして位置づけたいということで、それぞれの総会で確認されたりとかというようなことで、集って運営してきましたが、実行委員会は、1人1人個人の参加ということで、“誰が参加してもいい”“1人1人の対等な個人としてこの実行委員会を構成しますよ”っていうことを今までやってきました。これは続けていきたいと思います。そういう性格、参加した1人1人が、自分が主体的にそこに参加する。それは参加した人たちは、団体の大きい小さいとか、あるいは歴史の長い短いとかに関わりなく、1人1人が対等の形で今の、そしてこれからの運動を担っていく。31条ムーブメントを広げようっていう運動を担っていこうということで個人参加の実行委員会にこだわってきましたが、これはこれまで通り進め、そういう形で継続していきたいと思いますので、主催は実行委員会です。
ただ、積み重ねてきて、我々としては、この6年間、2020年に始まりましたので、コロナの中ではありましたけども、「もうやっちゃおう」ということで、オンラインで始めた会でした。それが、2021、22、23、24、25と6回続けて、今年7回目になります。
1人1人が対等にそこに参加して議論をするということを、模索してきたんですけども、2025年のフォーラムでは、参加数はそれほど多くはなかったのですが、それぞれが自分の活動を紹介したり、あるいは他の人の活動について色々意見を言いあったりという議論が組み立てられてきたという手ごたえを得ることができました。その成果の上に立って、今年はさらに31条の6つの権利、去年は、休息・余暇、遊び・レクリエーション、文化・芸術という3つのテーマで、まずそれぞれの活動の報告ですとか提案をしてもらう。それから、今重要な課題になってる、教育についての議論ですね、それから文化政策、行政とどう関わっていくのかっていう5回の実行委員会でやってきたんですけども、基本的に整理ができたなという風に思います。
さらに今度はもっと実践を持ち寄ってくる人たちを増やしていきたい。実践っていうのは、大きくても小さくてもそれぞれいろんな形で活動をされてると思いますので、活動を紹介しあったり、そこで意見交換をするという、もう一回り広いものにしていきたいということです。チーフ会議も少ない人数での運営になってきて、なかなか手も回らないこともでてきた。もっと参加する人たちが主人公になれるようなフォーラムにしていくにはどうしたらいいかっていうテーマ、これを課題として運営委員会という形で持っていく。
つまり、日程的にも提案をしてますけれども、内容を具体的に議論していく実行委員会と、運営について相談をしていく運営委員会と、これを交互に重ねていくことで、提案している11月のフォーラムを成功させていきましょうという、そういう提案です。
あわせて、日程も、3月31日、年度末で、特に子どもたちと関わっている保育園も学童保育も学校の先生・教員も、みんな明日から年度が変わる。それは一般企業でも一緒ですよね。年度の最終日っていうことで忙しいのは間違いないので、なかなか実行委員会としても誘いづらいなという声があったので、3月31日にはこだわらなくてもいいんじゃないかっていう意見もあったんで、私自身もそう思っていたのですが、やっぱり最初、31日に決めることによって、1年間を見通して、それぞれが参加の予定を立てていただく、あるいは、それぞれの団体の行事などを決める時に一定考慮をしていただきたいということで、31日ってのは分かりやすいので、この31日というのは続けていってはどうだろうかという風に考えて、今日が1月31月で、次の3月31日から31日ごとに交代で運営委員会、実行委員会を開いていくということで、日程の提案をしています。
一応ここまでで、提案についてのおさらいをした上で、去年のフォーラムを振り返ってということと、今の提案についての補足を齋藤さんの方からお願いしたいと思います。
齋藤 史夫(ひろば2025実行委員長)
皆さんこんにちは。今日は僕、実はこれからライブで歌うんです。算数を発信するっていうことで、28条、29条と31条をどう繋げるかっていうようなことでいろんなことしてるんですけれども、その一環としてフミちゃんと算数少女隊(仮)という僕が歌をつくって、今日は3人のメンバーと一緒に4人で歌うんですけれど、そんなのを今はしていて、リハが終わってちょっと休憩中というところなんですね。
そんな風に、いろんなそれぞれの人が、それぞれの感性で、いろんな取り組みしてるのが実は31条じゃないかな、なんていうことも思いながら、いろんなことしてるんですけれども。
昨年も実行委員長させていただいて、去年、特に1つはフォーラムが初めてですよね。オンライン繋がらなかったのね。実際に集まって、膝を突き合わせて、自分たちの思いを直接語って、交流して、お互いを理解し深め合うっていうことをすごく重視したと思うんですけれども、そういう形で人数は少ないけれども、それまでの実行委員会での提案も含めて、そこから、それぞれが考えることをちゃんと自分の口で語り合って交流するっていう、そういうことができたんじゃないかと思って、この方向を広げつつ、そこに人も加わって増えていってほしいなっていうのをすごく感じてるんですね。
それ以外にも、「ひろば」を続けたことによって、1つは、子どもの権利をに基づくお芝居ってなんだっていう実験が生まれてきているとか、あと、実際に子どもたちと一緒に現場を作っていく人を作ろうというセミナーが始まったりとか、そういう形で新しい取り組みを生まれてきて、その中で、またセミナーの中で今までと違う人たちも来たりして、そういう点では新しい可能性が生まれてきてると思うんですね。
なので、大屋さんに提案していただいたけれども、この流れをどのように発展させていくのかっていうところで、みんなでき知恵と力を合わせる時なんだろうなということを改めて思っています。ということで今日は本当は最後までいなきゃいけないんですけれども、大変申し訳ないですけど、ここで失礼させていただいて、歌を歌ってくるという、そんなことになってますけれども、よろしくお願いしたいと思います。
大屋 寿朗
はい、お疲れ様です。しっかり歌ってきてください。今日、齋藤さん、それって入場料とかいるの?
齋藤 史夫
一応入場料500円でワンドリンク300円という一応有料イベントでございます。
4チームが出るんですけどね。
大屋 寿朗
じゃあ、ちょっとお仕事ですね。
齋藤 史夫
今日は黄金比の歌を新曲披露するということで、ちょっと緊張しております。芸術と算数を繋げた歌です。すいません、ここで失礼します。よろしくお願いします。
大屋 寿朗
はい、それでは皆さんのご意見を伺いたいと思いますが、順番に申し上げときますね。まず、鈴木はつみさん、それから中田一子さん、浜田の森下さん、そして清水純子さん、それから柳川さん、鶴田さん、あと毛利さん、前田さん、大屋謙太さん、栗栖さんという順番で進めたいと思います。
その前に、欠席の方でご意見をということでいただいているのが、野井さんと福元さんからは、とても積極的な、「なかなか参加できないんだけど、いろんな日常的に見えるというか、そういう各地でいろんなことがされているところも見えるし、それは励ましにもなる」と。福元さんは、「ぜひ続けて、出られる時には出たいので、続けていくことに賛成です」というご意見でした。
それから、野井さんは「子どものからだと心・連絡会議」の議長ということもあって、そちらの方も系統的に12月には大きな集会をやるんですけども、「31条という枠でいろんな角度から経験や意見が持ち寄られていくっていうことは、とても励まされています」ということで、続けていく意味があるんではないかということで、「賛成しますし、出られる時にはぜひ出たい」というご意見をメールでいただきました。
神代さんからは「提案されてることに賛同します」とご意見をいただきました。
それから先ほどご紹介しましたけども、多田純也さんと北島尚志さんは、今日、全日本児童青少年演劇協議会(=全児演)という集まりがあるんですけども、そこの総会をやられていまして、今日は参加できないんですけども、2人はチーフ会議のメンバーでもあって、今の提案をまとめたメンバーでありますので、もちろん賛成ということでご意見はいただいてます。
あと5分ずつで、自己紹介と近況報告も含めて、あればお話しください。
じゃあ、鈴木はつみさん、どうぞお願いします。
鈴木 はつみ
山梨の鈴木はつみです。ぶどうの会という組織で、不登校の子どもを持つ親たちの会の事務局長をしています。31条のひろばには、ぶどうの会で、毎年チラシを配ったり、参加の呼びかけをしています。
一昨年は、初めてぶどうの会の会員のお母さんと娘さんが、長野のキャンプに参加していただいてね、その方が、「本当に子どもの権利条約って大切だよね」ってことでね、自分、我が子どもたちだけじゃなくて、広く広めようってことで、最近、非常勤で小学校の教員も始めたってことで、学校の中でもね、授業でもね、31条のことをはじめ、子ども権利条約のことを話していただいてる、なんてことでね、嬉しいお話もしていただいてます。ぶどうの会でも、子どもの権利条約のことは、意識的に私は取り上げて、特に31条のことはね、私こだわってきましたので、親の皆さんと一緒に学びながら、進めてきました。ぶどうの会も、もう21年経ちますけどね、やっぱり、子どもの権利条約のことは、意識しながら、運営しています。
2週間前に、山梨にある都留文科大学ってところに呼ばれて、6年目になるんですけど、学生、教員を目指してる学生たちの皆さんに、私たち、夫と一緒に、不登校のことを話すんですけどね、その中でも、子どもの権利条約、特に31条のことを、私の担当として話してます。
そうすると、学生の皆さんは本当に100人以上の学生が参加してるんですが、「子どもの権利条約ってことは知ってるけど、意見表明のことも12条のことも、最近はよく話題になるんだけど、31条のことって、特に知らなかった」っていうんですね。遊びのこと、文化・芸術、ゆっくりのんびりする、そういうことが子どもたちの権利にあるってことを初めて聞いたって学生が多いので、私も今まで話してきて、そしてそうやって受け止めてくれて、教員を目指した人が、「自分の生き方とも合わせて、31条のことが教員になったら本当に意識して取り組んでいきたいです」なんて話を聞くとね、とてもうれしいなと思ってます。
私は、定年退職するまで、学校事務職員として42年間働いてきました。そのうちの半分は、国連で子どもの権利条約が決まったってことを意識して、こだわって仕事をしてきました。自分の仕事になんとか生かしていきたいってことをしてきたんですが、特に条約の12条に関わって、子どもたちの声を聞いて、仕事に生かしたいってことを意識してきました。
第1回の「ひろば」でも報告させていただいたんですが、子どもたちの声っていうのは、大人たちの心を動かすんだってことを体験しました。教育委員会や議会の人たちが、子どもたちの声を本当に刺激されて、なんとかしようっていう、そういう経験をしました。それは1つの学校でだけじゃなくって、ちょうど5つの学校でその取り組みを経験したんですが、大人の心を動かすんですよね。
中でも印象に残るのは、これも報告したことなんですが、教室の中に寝っ転がれるスペースが欲しいっていう生徒からの声があって、それが実現できたんです。これはまさに31条の精神でいう“ゆっくりのんびりできる空間”、それから“休み時間の活用の仕方”、そんなことでね、31条が持っている力が本当に生かされた体験をしました。そういう中で、「子どもってすごいな」って改めて私と思ったんですが、正義感もあるし、健気さもあるし、そういうことが大人の心の動かすんだななんて思います。
増山均さんが出した『子どもをみくびらない』とか、山下雅彦さんが代表になってる子どもリスペクト研究会、そういうところでの活動とも共通してるな、なんて改めて思いました。
それからもう1つ、第1回で報告した、私の息子が不登校から立ち直れた背景に、31条の遊び・文化芸術の力があったってことを思ってます。その時はあんまり意識しなかったんですが、私が退職してから31条の会に参加して、「私、仕事としてこんなことをしてきたんですよ」って話をすると、そこに来ている大屋さんをはじめ皆さんが、「それはとにかく31条の精神に繋がる」ってことを、そこで改めて皆さんが示してくれて、私が改めてそこで31条の力を実感した、そんな経験が今日まで私に繋がってます。
ぶどうの会でも意識しながら取り組んでるんですが、とにかく31条のことをもっともっと広めたい。大屋さんがカレンダーで、すごく普及してるのを見て、「すごいな」と思いながら、私は微力ですがやってるんですが、やっぱり31条が子どもたちにとって大切なんだってことを、去年発行した『山梨のこども白書』にも31条のことを、特にコラムとして取り上げたんですけどね、意外と案外みんな、「そうだったんですね」ってことでね、ゆっくりのんびりぶらぶらするなんてことは、今の社会はね、大人も含めて大変な中で、「やっぱりそこが大事だ」「そこを保障してくためには何が必要なんだ」ってことを含めて、私も改めて学んで、皆さんと一緒に取り組んでいきたいな、なんてことを思っている状況です。以上です。
大屋 寿朗
はい、ありがとうございました。ちょうど5分ぐらいですね。今ぐらいでお願いします。もちろん短い人は短い人なりにインパクトのある言葉で喋っていただいても構いません。じゃあ中田一子さん、お願いします。
中田 一子
こんばんは、中田一子です。音楽をやっています。音楽の中身は色々ですが、歌を歌うのと、ピアノを弾くのと、ジャワガムランというインドネシアの音楽がありますが、そのガムランの演奏や歌をやってます。とにかく長く続けて、ただ続けているなという感じですが、続けております。
先日、うちの近くの小学校の特別支援学級のガムラン体験というのに行ってきました。先生たちに衝撃的だったのは、うちが今回から車がなくなったということで、「車なしでどうやって楽器を運んでくるのか」ということがとても大きな「信じられない」というような感じだったのですが、やっぱりそうなってみないと工夫をしないんですよね。昔からこの楽器の重たさとか運びにくさとかは常々感じてたんですけど、実際それをどうやって軽くするかっていうことを真剣になってやるには、やっぱり車とかそういうのがあるとね、真剣に考えないんですよね。だから、「これはいいぞ」と思って、それで一生懸命考えまして、とにかくバラバラにして、それで、色々、管というかね、共鳴筒とかあるんですけど、そこに違う楽器の鍵盤とか入れちゃったりすることもできるんだということとか、そういうのも初めて今回わかりまして、かなりバラバラの詰め詰め状態で、前田の方は自転車で、私はカートでですね、本当に旅芸人のように、歩いて10分ぐらいの学校なので、それでやらしてもらって、「やれるもんじゃないか」と思って。
で、今年のテーマはとにかくバラバラ、詰め詰めで、車を使わずに公演を、楽器を持って演奏するというのが私の今年の目標です。
それでですね、それは音楽の方なんですけど、31条がどう関わってるかというと、関わってというか、自分がそうやって一生懸命遊んでいるので、それに付き合ってねというようなところですかね。
それと、カレンダーについてなんですけれども、だんだんカレンダーが少しずつ広まっているのか、私の知り合いでは、音楽の方ですけど、自分が知り合いのところに、合わせの練習に行った時に、そこのスタジオに、練習室に、「『ワニブタカレンダー』があったのよ」とか、私の知り合いで、ガムランのスタジオの運営をしてる人なんですけど、その人は、バリのガムランの方なんですけど、梅が丘のプレイパーク、世田谷プレイパークがあるところで、年に1回バリガムランの講座の発表会をしてるんですね。その関係があって、そこのプレイパークの方々と知り合いなんだそうです。そうすると、『ワニブタカレンダー』を何かのお礼に持っていくと、みんななぜかこのことを知っているって言って、『ワニブタカレンダー』ってどこに? 「私の知ってる人にこれ持ってくとみんな知ってるのよ、どうしてなの」という風に言ったりとか、結構なんとなく広まっていまして。スタジオを運営してる方は、元々大学で幼児教育の専攻だったから、プレイパークであるとか、そういうところでガムランやろうとか、自分が選ぶ先が幼児教育関係のところにリンクするのかもしれないんですけど、そういう方がそんなことを言ったりして、だんだん、なんとなく、私、たまたまかもしれませんが、私の知っている人たちの中で『ワニブタカレンダー』の認知度が上がってるんだなという風にこの頃思っております。以上です。
大屋 寿朗
ありがとうございます。楽器というのは電車でも運ばれるんですか。
中田 一子
これからそれを考える。いいんじゃないかと思って。
大屋 寿朗
目指してるそうです。電車でも皆さんのところに行きますよっていう話になればいいですね。
じゃあ、森下さんお願いします。
森下
私は、島根県の浜田おやこ劇場の事務局を2年前から担当させていただいてます。小学校1年生の息子と中学校1年生の娘と2人、今子育てしながら、学校でPTAの会長をさせていただいてまして、学校でいろんな事業に取り組ませていただいてます。
31条っていうものを知ってからですね、大事なことだって知ったのと、PTA会長になったのが同時期だったので、コロナの中で何もかもがなくなってしまった状態で、何もなかった学校の中で何ができるかっていうことで、「学校かくれんぼ」っていうのを企画したり、プールもコロナで閉鎖したまま、プール自体授業を行わないっていうことになってしまったので、その代わりとして、「水遊び」を提案して、去年から、実行している状態です。
おやこ劇場としては、浜田を拠点にして、子どもたちに文化芸術、鑑賞事業を子どもたちに提供するっていう活動を続けています。これも、31条を知ったのが3年ぐらい前になるので、自分たちがやっていることっていうのは間違ってなかったんだっていう確認をしながら活動を続けているところです。
31条のひろばについては、私自身が初めての参加になりますので、今日の会の中では、自分の中では、全容を知るっていうのが目安で参加させていただいてます。どうしても距離があるので、現地参加が現実問題、難しいと考えていて、じゃあ、自分たちが置かれている今の状況の中で何ができるか、直接じゃなくても、31条のひろばの精神を持って活動していくっていうことの大切さっていうのも、すごく感じているところです。31条を含めて、自分自身が勉強してるんですけど、なかなか日々の忙しさで頭に入らなくて、でも一生懸命勉強させていただいてます。
学校で子どもたちと触れ合う中で、今、感じていることが、今の子どもたちは、自分の肌感覚ですけど、年齢の割にちょっと幼いなっていう感じを受ける子が多くて、それって遊び足りないからじゃないかなっていう風に自分は考えていて、しっかり遊ばせてもらってないことで、大事なものが成長しきれてないんじゃないかなっていうのを感じているので、自分たち自身がもしかしたら遊ばせてもらえなかったこともあるのかな。で、それをうまく今の子どもたちに伝えることができてない。で、状況もだんだん厳しくなってきていて、なかなか提供できてないっていう感じを受けるので、じゃあ、今自分が置かれてる状況で、現場で、どういう風に子どもたちに31条を伝えていくことができるかっていうのを考えながら活動しています。
会議とかでは、子どもたちや保護者さんを目の前にした時は、とにかく“権利”っていう言葉は必ず入れるようにしてます。そういう風にして、ちょっとずつ広まっていけばいいなと思いながら日々過ごしております。以上です。ありがとうございます。
大屋 寿朗
はい、ありがとうございました。柳川さん、お願いします。
柳川
はい、こんばんは。私も浜田から参加しております、浜田の「まちの縁側」の柳川です。子どもの居場所で、子どもたちと日々活動しておりますので、私にとっての31条は、やっぱり子どもの日常にある31条っていうのが、やっぱり大きいです。
今日も居場所で過ごしてきましたけれども、そういった意味で、子どもの遊ぶ姿とか、大人の遊びに対する私の、自分自身の意識とかをすごく振り返ったり、考えさせられたりすることが多くて、なので31条のひろばに参加させていただくと、自分は本当に何も大したことは言えませんが、皆さんのお話がすごく勉強になって、それが居場所の私と子どもの関わりとか、子どもを見る姿とか、そういったことにつながっていってるなっていう、大変大きな学びをさせていただいてます。ありがとうございます。
後で栗栖さんも話をされるので、そこで栗栖さんがいろんなお話されると思いますけど、私の中では、居場所っていうか、子どもの日常の中にある遊びとか余暇とか休息をどういう風に守っていくっていうか、子どもと共にそれを楽しんでいく、守っていくっていうところなんですけれども、子どもたちを見てると、本当に、日常のいろんなことが全て遊びから始まってるっていう感じがあって、大掃除をしてても、それが大人から見れば掃除をしてなくても、子どもにとってはそこが楽しみながら、遊びながら、でもちゃんと子どもなりに考えて掃除してる。いろんなことが遊びと繋がってるっていうのをすごく居場所にいると感じます。なので、やっぱり日常の中で子どものそういった姿を認める大人っていうか、そういう姿こそ大事っていう風な大人が増えるのがいいなっていうのをとても感じているところです。
あとは栗栖さんにお任せしますが、今年度11月に、31条を大事にした「こどものんびりパーク」っていうのを、島根県のつながるネットっていう、子どもに関わる活動をしている市民団体のネットワークがありますけれども、そこの中でイベントをしました。その時に、「ワニブタカレンダー」の販売と、あとお願いをして、「ワニブタぬり絵」を送っていただいたんですけれども、すごく可愛くてですね、子どもたちもとても塗りやすい、小さい子どもでも塗りやすくて、すごい楽しんでたなと思うんですけれど、今、その塗り絵がまだ少し残っているのを、放課後に「遊び隊」っていうのやってますけれども、そこの塗り絵コーナーに置いていると、先日、塗り絵を塗って、お人形ごっこみたいに、着せ替え人形ごっこにもするのかなって、ちょっと最後まで見届けられなかったんですけど、嬉しそうに切り抜いて遊んでいたので、何かワニブタさんのいろんなバージョン塗り絵欲しいなとか。子どもが一緒にカレンダーに書いてあるセリフも一緒に書き込んでるんですけれど、それを読みながら塗ってたりするので、日常の中で子どもたちに直接伝えていく方法があるなと思っていて、いろんな塗り絵欲しいなと思っています。ご検討ください。
あと、のんびりパークで、ユースボランティアさん、中学・高校・大学生のボランティアさんが何人か参加してくださって、ユースさんの力で盛り上がったというか、子どもの力ってすごいって思ったイベントだったんですけれども、その子たちの事後アンケートの中で、アンケートの回答をくれた数名は、やっぱり子どもの権利について知らないとか、考えたことがないっていう回答がほとんどでした。なので、やっぱり、日常生活の中でどうにかなんか伝えていく、31条に絡めてっていうところは、これからも居場所で活動する私たちがやっていきたいことかなっていうか、やれることなんじゃないかなっていう風に考えています。以上です。
大屋 寿朗
ありがとうございました。塗り絵がカレンダーに繋がっていければ、カレンダーの普及にも繋がっていくという道筋をつけながら、塗り絵も広がっていくといいなという風に思いますので、また相談しましょう。
はい、ありがとうございます。鶴田さん、自己紹介も含めてどうぞ。
鶴田 唯尺
はい、はじめまして。鶴田唯尺(イサク)と言います。本当に皆さんはじめましての方が多いと思いますので、まず名前と顔を覚えていただければなと思います。
12月のフォーラムからArt.31の活動に参加させてもらってるんですけども、以前20代から30代前半まで、中高生向けの児童館で職員をしたりとか、長野県伊那市っていうところに住んでいるんですけども、子どもの権利条約フォーラム信州の実行委員とかをしていたんですが、この8年ぐらい離れている時期がありまして、縁あって、自分がずっと何をしたいのかなっていうのはあったんですけども、今回、大屋さんでしたりとか、皆さんと一緒になる出会いがあって、自分がこれから生きていく中で、子どもたちだったりとか、あと自分たちがきちんと知っていくことが大事だなっていうのが31条だなっていうのがありまして、中高生向けの児童館の職員を離れてから、全く別の仕事をしてたので、そこにも戻らないのかなみたいなのがあったんですけども、ずっと自分の中では、子どもたちと一緒に考えていくことができればなっていう中で、今回、「ワニブタカレンダー」もそうなんですけども、本当にもっと当たり前になっていけばいいなっていうのが私の願いで、これまでは聞いていただけなんですけれども、これからは31条の仲間として発信していくっていうところで、今年からスタッフとして入らせていただいております。まだ学ぶことだらけで、今回、たくさんの方との話を聞いたり、考えたりして、たくさん学ばせていただければと思います。以上です。よろしくお願いします。
大屋 寿朗
はい。去年のCulture&Artsのセミナー、フォーラムに参加しようとしてたんだけど、インフルエンザで来れなくて、で、12月のセミナーから参加していただいて、今年からArt.3の常任のスタッフとして一緒に原村で活動するということに今なっています。補足でした。じゃあ、毛利さんお願いします。
毛利 葉
こんばんは。今鳥取から参加してますけど、広島と鳥取の2拠点で生活してます。毛利です。よろしくお願いします。
私が今関わってる活動としては、1つ、SDGs市民社会ネットワークっていう団体の活動に参加していて、これは市民の立場でSDGsを推進していこうっていうことなんですけど、いわゆるSDGsっていうと、子どもたちは今よく知ってるんですけど、17のアイコンがあるんですけど、あそこにあまりこだわってなくて、むしろ国連が元々進めてきた平和のことや誰一人取り残さないってことや、障害者のこと、今の地域のいろんなところにちゃんと手を差し伸べていく、そういう目をちゃんと持って、みんなでそこを解決していくっていう、そういう動きなので、今SDGsって、変革とか、それから権利基盤型アプローチっていう、ニーズだけではなくて、その根本原因をどう解決していくかっていうアプローチもしていて、そんな取り組みに関わっているっていうの中で、特に子どもたちの権利というところは、子ども食堂とか子ども劇場の活動もとても大事なことなんだけど、ただ、それをずっとやり続けたからと言って、貧困がなくなっていくとか、文化状況が変わっていくということになかなかならないっていうところで、そこは何が問題かっていうところにアプローチしていくために、関係者もだし、関係者でないいろんな人たちを巻き込んで問題を解決していく対話とかを作っていかないといけないよねっていうようなことを進めていて、その中で、特に鳥取では、今、その子どもとか文化とか地域とかに関わる人たちとそういう視点で色んなこと語り合って、実践していこうっていう動きを作っています。
それから広島では、おやこ劇場の事務局をやっていたけど、20年近く離れているんです。離れてきたんですけど、広島でも今、おやこ劇場っていう名前ではないですけど、演劇や観劇をしている活動もあるんですけども、そういうものと合流しつつ、改めて広島でおやこ劇場っていう団体が発足して作ってきたもの、戦後の子どもたちの、例えば広島であれば、原爆の後の被災した子どもたちの援護をしていた人たちや、あるいは児童文学をやってた人たちとか、教職員組合の人たちとか、演劇をやってる人たちとか、人形劇をやってる人たちとか、いろんな人たちが集まってネットワークを作って、おやこ劇場っていう団体を立ち上げて、みんなで力を合わせて子どもたちの文化の状況を変えていこうっていうことで進められていた活動に、僕らも入ってきて、大屋さんも一緒に活動した時期もあるんですけど、そういうことを改めて今の時代にもう1回広島ですすめていきたいなと。「子どもを守る会」の最初の代表の長田新さんも広島大学の先生でしたし。
特にArt.31のスタッフとして少し関わりもさせていただいているので、広島でArt.31の、いわゆる文化権のところをしっかりと作っていくような、そういう活動の対話をいろんな方たちと改めて進めてみたいなというようなことを思っています。
それから最後に、Art.31で6月に年刊誌として「子どもの文化権」の雑誌を発刊しようということを大屋さんたちと話しておりまして、この間ここで議論されてるようなことをもしっかりと外にも発信できるような、そういうものにもしていきたいなと思って、今年の個々の活動もそういうところに反映できるように関わっていきたいなと思っています。
先ほどの提案については、昨年色々議論した中でいろいろな宿題がいっぱいあったと思うんですよね。例えば、子どもの権利条約の4つの柱、翻訳をどう解釈したらいいんだろうかということを考えてみたり、あるいは学校教育という場で31条はどういう形で、どういう関係で使っていったらいいのかとか。だから、去年色々議論に出てきたようなことを改めて皆さんと一緒に共有しながら、どういう具体的な手立てがあるかとか、あるいはそこへの発信はどうあったらいいか、どういう政策的なコミュニケーションを作っていったらいいかとか、そういうことをみんなで持ち寄って、共有したりできるといいんじゃないかというようなことを感じています。以上です。今年もよろしくお願いいたします。
大屋 寿朗
はい、ありがとうございます。それでは、前田さん、お願いします。
前田 達彦
皆さんこんばんは。前田です。イラストレーターをしてます。「ワニブタカレンダー」を書いています。大屋さんが根本となるコピーを書いて、私がそれに絵を描く感じで書いてます。基本的に31条なので、大屋さんのコピーもそれほど毎年ガラっと変わるっていうことはないので、絵を描くのも、同じ言葉に色々ね、ネタを変え、手を変え、品を変え、書いてんですけども、それも尽きてきたなっていう。そしたら大屋さんから、「それほど中身に関係なくてもいいよ」っていうお言葉がありまして、そうしようかなっていう気持ちになっております。
柳川さんですか、子どもたちがぬり絵を楽しんでくれてるっていう。なんか自分も机に向かってパソコンの画面で書いてるのが、大屋さんの営業努力のおかげで、すごいいろんな人にやってもらえるようになって、キャラクターが1人歩きし始めるというか、いろんな人が見て楽しんだりしてくれてると思うと、ちょっと身の引き締まる思いです。だからと言って何が変わるってわけじゃないんですけども。
実は今年も新しいカレンダーがそろそろ始めようと、「始めろ」と大屋さんから言われてるところでございまして、今年はどんなふうにしようかなと考えてるところです。そんな感じですが、さっき中田さんのおしゃべりの中で、「前田さんが自転車押して」って、初めての方はご存じないかもしれませんけども、夫婦でございまして、違う部屋で喋っているのです。で、新しい楽器というか、楽器を改造して軽いものにするというのも、いろんな大工道具とかそういうのを買って、色々工夫して今考えてるところです。だから、最悪、スキーに行く人が、でっかいスキーを持って、なんかスキーウェアの大きな荷物を持って移動するという、そんな感じにまでできればいいなと思っています。そんな感じの今日この頃でございます。終わります。
大屋 寿朗
はい、ありがとうございます。
「関係なくていいよ」とは一言も言ってないんだけど(笑)。「解説にはならなくてもいいよ」ってね。
要するに言葉と、絵があそこであんまり一致していくと面白くないから、そこに矛盾があったり、対立があったり、そこからドラマが生まれていく。言葉と絵がぶつかり合ったり、あるいはそこを見てたりっていうのも面白いんじゃないかなっていう、31条的な、演劇的な発想で言っていることなので、聞いている皆さんは、誤解なきよう、よろしくお願いします。
じゃあ清水純子さんお願いします。
清水 純子
私は東京の目黒区で学童保育の支援員として働いています。
3月31日は、今の学童保育が民営へと移る日なので、今、委託のために1年間引き継ぎを行っていて、3月31日はちょっと出れないなという風に困ったなって思っていたところです。
私は、前回の「ひろば」の反省とか、今後に向けてっていう話をしようかなと思います。
前回「ひろば」が終わった時に、忘れちゃうからと思って、すぐに大屋さんに感想をメールしたんですけど、やっぱり忘れてたので、メールしといてよかったなと思って、今メールを読み返してしてみました。
前回2025年の6回の「ひろば」、良かったなっていう風に思っています。議論ができたし、いろんな話が聞けて、すごく良かったなっていう風に感想を持ちました。色々試行錯誤を重ねてくる中で、3グループに分けた年とかもあったと思うんですけど、そういう風にすると他のチームの話も気になるし、バランスが悪かったり、最後、途中で自由退席していいっていうことだったので、話が途中で途切れてしまったり、なんか隣りが盛り上がってるのが気になってしまったりとか、色々あって。
時間的には1つの車座だと短く感じたりもしたけれども、発言の回数とかは減ってしまうけれども、でも一同に話ができてたし、多種多様な話が聞けたのは、今回の良さだったなっていう風に思いました。
それで、大屋さんが慌ててる感じが、もっともっと詰め込みたいみたいなのが伝わってきたんですけど、どうしても休憩も大事で、その後のカレーとか、昼休みとか、そういうのもね、「早く戻ってこい!」っていう、こういう感じがあって、今回はちょっと寄り道する場所もいっぱいあったりしたので、なかなか昼休み後の再開が遅れちゃったりとかあったんですけど、でも、なんかそういう中で出会った人と交流したり、ちょっとお昼を食べながら話したりっていうのも大事なので、もう少し食堂に近い部屋があったら、ちょっと時間がね、エレベーターとかも結構待ったりするので、時間短縮になるのになっていう風に思いました。
劇を見た時、埼玉のどっか行った時は、みんなコンビニで持ち込んで、昼休みに和室で食べたりしたので、そういう風にすると、ちょっと交流にもなったり、お菓子を渡したりして、みんなでつまみ合ったりして、すごく楽しいなっていう風に思うんですけど、オリンピックセンターでやる以上は、あれだけいい食堂が完備されてると、なかなか持ち寄って昼みんなで食べましょうっていう雰囲気にもならないかなって思うと、どっちもの良さも生かしながら、会場とか考えていったらいいなっていう風に思いました。
それで、今年度提案がされたので、見てみて、いい感じだって思ったんですけども、私自身はずっとこの会議に参加してきていて、実行委員は運営側っていうか、実行委員・主催者側だっていう気持ちで参加をしてきてたので、実行委員会という言葉と運営委員会っていう言葉が、どっちがどっちだっけって、私、きっとわからなくなっちゃうなっていう風に思ったんですね。
1回出てきた人も、「もうあなたも今日から実行委員ですよ」って言われたりとかして、名前がポスターに乗ったりとかするので、やっぱり実行委員と運営委員会は同じ1本にして、ただ提案の実行委員会の方を、ミニ広場とかプレ広場とかっていう形にしてはどうでしょうか。実行委員会と運営委員会っていうのは1本、実行委員会と運営委員会っていう形で分けると、なんか、どっちがどっちだかわかんなくなっちゃうんじゃないかなっていう風に思ったので、そこの名称を少しスッキリさせたらどうかなっていう風に今日の提案を聞いて思いました。以上です。
大屋 寿朗
はい、ありがとうございます。積極的なご提案で、悩むところですよね。どういう風に名称を置けばいいのかっていうのはあるんですけど、要するに、先ほど提案が足りなかったかもしれないですけど、基本的にはメンバー変わんないと思ってるんですね。ただ、1回1回の議題が変わっていく、その中身について話し合うのと、それから運営や運動について話し合うものが交互に行われていくっていう、要するに、例えば、今日は一緒にごっちゃにして話をしてますけれども、それが少し分かれて集中して話ができるような体制を取りたいかなっていう意味ですので、今の名称の提案はとても積極的で、ありがとうございます。
確かにそうですね。じゃあ続けていきますね。謙太さん、どうぞ。
大屋 謙太
Art.31の大屋謙太と言います。よろしくお願いします。
近況としまして、1番大きなニュース、出来事としては、この2月の下旬にですね、今福岡に住んでいて、福岡で活動していたんですが、長野県の原村の方に引っ越すことになりまして、大屋寿朗さんと鶴田さんと原村で活動を、原村のメンバーとしてはその3人で活動していくという風になっていくので、皆さんとの距離も近くなって、またお会いできる機会が増えれば嬉しいなと思います。
あとは、原村の地域の子どもたちだったりとか、子どもたちと触れ合うと一緒に活動していく機会も増えていくと思うので、いろんなことを今ワクワクしながらしています。
カレンダーの話が今日何度か出てきていたんですが、今のところ1万1200冊ぐらいですね、今年の分はですね、全国の方に届けていられていて、この前のセンターフォーラムの中でも話があって、現場にいらっしゃる皆さんの議論を聞いて、やっぱり現場に子どもたち自身が、居る環境の大変さだったりとか、現場にいらっしゃる皆さんの大変さみたいなことが、生の声が聞けてよかったなと思いますし、注文を受ける時だったり、電話で直接される方もいらっしゃいますし、カレンダーについて、「本当に必要だと思います」「ぜひ広げていきたいと思います」っていう声があったので、そういった声をセンターフォーラムの中でも皆さんの議論を聞きながら感じ取ることができて良かったなという風に思っています。
提案について、3月31日に次回やるっていうことだったんですけど、参加ができないっていう方もいらっしゃったので、3月1日だったら3と1だし、なんか覚えやすいかなと思って、そういうこともちょっとふと思いました。はい、以上です。ありがとうございます。
大屋 寿朗
はい、積極的な提案ありがとうございます。次、栗栖さんお願いします。
栗栖 真理
栗栖です。本年もよろしくお願いします。浜田から3人も来ちゃったので、誰かまとめて話せばよかったんですけど、ありがとうございます。
コロナの頃に浜田で31条とか子どもの権利条約のこと大事にしたいと思って、何も考えずにここに飛び込んで、ズルズルと本日まで参加させていただいているんですけど、なかなか何分遠かったり、交通費の捻出もあれで、去年はついにうかがうことができなくて、なんか食い逃げをやろうみたいになってしまって、その分一緒にカレンダーを120冊みんなで売ったんですけど、そんな感じでですね、今年なんとか行けたらなという風に思ったりはしています。
ただ、最終的には地元の子どもたち、身近な地域で31条を広げるっていうことをずっと大事にして行きたいというところでは、本当に財源のない小さな町でも31条が守られるってどういうことっていうのは問いながらやりたいと思って。でも、ようやっと作ればいいってもんじゃないですけど、新しい市長が子どもの権利条例を作るという宣言をしてくれてたので、今市民セクターが策定のための大事な準備を少し専門家とやり取りを昨年末から始めて、「浜田の条例には31条しっかり入れたいよね」っていう話をしているところです。
この運営の会議に関しては、なので、実行委員会という名の元に31がつく日に、ここにふらふらっと来るのは、あまりにもなんか申し訳ない感が満載で、去年みたいにテーマ別に勉強に来ましたみたいな感じだと、ちょっと気軽なんですけど、ここでの繋がりとか学びをどう地域に返していくことは努力できるんですけど、センターフォーラムとかに具体に出てくるのは、せめて参加しろやっていう感じだと思うんですけど、なんか、そこは、ちょっと、まだ、私たちも、今年はもう条例作りでもヘロヘロになると思うので、どこまでできるだろうなっていうのはありますけど、なんか一子さんの楽しいお話とか、カレンダー書いてる前田さんがいるとか、もうちょっとミーハーな感じでいると、日々、地べたに這いつくばってる私が、少し元気をもらって、帰る場に、ただただなってるっていうことではあります。
でも、なんか、広げていくって意味では、本当に小さな山陰の町でもやるっていうことに意味を感じながら、でも爆発的に広げるためには、サーティワンアイスクリームの人たちに、31条のアイスクリームにワニブタでもなんでもいいんですけど、子どもの権利のことを書いて、「6月11日の国際遊びの日には、サーティーワンアイスクリームは、子どもはただ」みたいなことをやってもらえないからなって、マジでガチで、サーティワンアイスクリーンの社長に言ってみようかとか、勝手な妄想はしてますけど、そういう面白いアイディアをみんなでできたらいいなとか思っています。以上です。
大屋 寿朗
いやいや、もう全ては妄想から始まりますから。
栗栖 真理
妄想するのは勝手ですから。
大屋 寿朗
はい、ぜひ。そうね、なんかこれで、ここで方針決めて、「じゃあサーティーワンアイスクリーム、みんなで陳情に行きましょう」とか言うと、行き詰まっちゃうんですけど、なんか妄想から出発する方が31条らしい、面白いかなって思います。はい、ありがとうございます。
それから、別にここの場は個人個人で参加してる、個人を単位に参加してる場なので、浜田から3人であろうが10人であろうが、何人来られても、1人1人が主体として参加するということでいいんだと思います。よろしくお願いします。神代さん、お願いします。
神代 洋一
少年少女センターで活動している神代です。少年少女センター以外にも、地元で子ども食堂とか外遊びの会とか、子どもたちの一輪車スポーツっていうね、そういうスポーツ活動とか、様々な活動に関わっています。ほぼ日々、毎日子どもたちと暮らしているような、もう70代です。50年間子どもと遊び暮らしてるという感じですけれども。
今日、大屋さんからのメールをいただいて、先ほど清水さんからも、ちょっと話がありましたけども、去年、僕も、やっぱ31日が必ず確保するというのはとても難しくて、自分が発表者として参加した時と、各会で行われた発表のレポートを読ませてもらって、あとフォーラムに参加させていただいて、どんな風な展開でこの31条問題が語られてるのかな、語られていくのかなということを自分なりに考えながら、なんとかちょっとでも関われればということで、自分自身を繋いで来たような感じがしています。
で、自己紹介、色々話すると長くなっちゃうので、1つすごく感じるのは31条っていう風にありますけれども、フォーラムでやられた時に、石濱さんが“自由な時間の確保”っていうね、ここが1番やっぱり今キーワードになってる、キーワードというか、本当に大事な課題なんじゃないかということを提案されたっていう風に思うんですね。
「遊びが大事」「遊びの権利が大事」。じゃあ、「遊びのプログラムをやりましょう」「遊びのなんか場を作りましょう」「どうぞお子さん来てください」みたいなね。やっぱそういうイベント型に流れていくことで、子ども自身が本当に遊べているのか。「そもそも遊びって何」っていうことを、本当にみんなが実態としてイメージできているのかなっていうのも感じます。
保育園、学童保育、児童館、最近では、学校でも遊びの時間が大事、子どもたちをなんとか遊ばせなきゃ、外遊びさせなければ、学校なんかでは授業始業前に子どもを外で遊ばせると、授業に集中しやすくなるというのかな、脳を活性化するから、就業前に遊ばせましょうとか、いろんな形で、遊びという言葉が飛び交ってるけど、全てが“なんかのために”みたいなね。その学童保育、保育園、「うちはいいことやってますよ」「こんなふうに遊ばせてますよ」みたいになっていたりとか、なんかちょっと、僕の中では、すごい違和感が、大きくあります。
僕ら、外遊びの会やってると、そこに昨日は、子どもたち、小学生が帰ってくる前に、保育園の年中さんぐらいなんだけど、先生たちが公園に連れてきて、ドッチボールごっこをやってるんですね。それで、なんかもうすごいんですよ、指示が。まるでスポーツクラブの監督・コーチかのように、「誰に渡したらいいの?」「このパスは誰に渡せばいいと思う?」とかって、もうガンガン、ガンガン声がかかっていて、挙げ句、最後みんなが集まった時に、「負けたら何にもないよね」みたいなね、“勝つことが大事”みたいな話を年中の子どもたちに、ドッジボール遊びの後にしてるのを聞いて、非常にまずどよ~んと暗くなって、その後、今度来た4年生の子が、来週から塾に行かなきゃいけないと。
遠い塾なんで、塾が4時50分からなんと8時50分まであるって言いましたね、4時間。学校終わって、しかも金曜日に遊びの会をやってるんですが、6時間授業終わって、すぐ学校終わって、1時間もしないうちに塾に行って、4時間また勉強させられる。だから、「ここには遊びに来れない」っていうね。「でも、塾が休みだったら来れるかも」って。その子はすごく遊びたい子なんだけれども、学校の成績がなんか厳しいからとか、いろんなことを大人たちから言われてるんですよね。そういう中で、ほんの隙間の時間すらカットされていってしまう子どもたちが。で、その子のその発言をめぐって周りの子どもたちも動揺してくんですね。「その子が来れないならうちもどうしようかな」とかね。「うちも塾行かなきゃいけないかな」みたいな感じになっていくっていう。
本当に、“意気高く31条を!”っていうのはあるんだけれども、その足元の子どもたちの生活の中では全くそのことは届いてないし、ちょこっと遊べればそれで満足させられてしまうというかな。そもそも思い切って長い時間遊ぶという体験がないので、“要求になってこない”っていうことですよね。
或るそこに来てる民間学童は10人まで行かないな、7、8人の子どもたちをいつも公園遊びに連れてくるんですけども、きっかし15分から20分で帰る、っていう。鬼ごっこやってようがボール遊びしてようが、「はい終わり!」「帰ります!」って言って帰っちゃう。それで、もう少し遊びたくてうろうろしてる子がいると、「おやつ食べれないよ!」「だれだれちゃん来ないと他の子が困るでしょ!」って言って引きずられていくっていうと大袈裟だけど、やっぱり強制的に遊びを中断させられるっていう。
同じ地区の清水さんもいらっしゃるのであれですけども、児童館や学童も詰め込み状況になっていて、ホールを使うのが15分刻みとか、しかも「その時間はこの遊びをしなさい」っていう遊びが指定されていたりとか、もう本当に僕は悲惨な状況だなっていう風に思っているので、「こうやって頑張ってますよ」っていうのも大事なんだけど、悲惨な状況、いかに貧困かという状況をもっと出しながら、そこからこれを変えなきゃいけないっていうね、モチベーションをエネルギーに変えていくことも必要なんじゃないかなってすごく感じています。なので、実践交流も大事なんだけど、もう1個強いメッセージが欲しいなっていうのは感じてるとこです。はい、以上です。
大屋 寿朗
ありがとうございます。石濱さん、お願いしていいですか。
石濱 加奈子
石濱と申します。洗足こども短期大学という保育者養成校に勤めております。ここは保育者を目指す学生たちに、運動遊びを中心とする健康教育というのを行っています。一方で、研究をするという側面もありまして、そこでは、遊びとか余暇・自由な時間をどうやったら保障できるかっていうことを、発信するためのエビデンス作りみたいな視点で研究をしています。
近況というところでは2つありまして、1つは、先日大屋さんの方からチラシを配信していただいたんですけれども、IPAという子どもの遊ぶ権利のための国際協会というところに属しておりまして、そこの日本支部の有志メンバーで本を今度出版することになりました。書店に並ぶのは3月の5日と言ってたかなと思います。その本の内容っていうのは、“学校の中の遊びを充実させよう、豊かにしよう”という内容でして、イギリスの元々プレワーカーだった人が学校の中の遊び環境を整えるということと、あとは教職員の意識改革というのをプログラムとして作りまして、それを方法論としての本を出していて、それを私たちの方で翻訳出版するということになっています。
本来、遊びは学校ではなくて、もっともっと学校以外のところに派生していくべきなのかなと思うんですけれども、学校の中に今本当に遊びがないっていうところで、おそらくそれがきっかけ、そういう余裕のなさというのがきっかけになって不登校が増えたりとか、また、昨日から報道されてますけども、自殺とかも極端な言い方かもしれませんけれども、そういう余裕のないことっていうのが端を発してるんじゃないかなっていう風にも考えていて、その1つの解決の方策としては、もっともっと余裕を持った学校生活というか、“遊びがある学校生活”、それによって子どもだけじゃなくて先生にも余裕が出るんだよっていうことを謳っている本なので、それを出版するということで。で、こないだのチラシは、その本の出版記念フォーラムというのを2月15日に開くことになりまして、鈴木ハツミさんにもご登壇いただいて、遊びの大切さというのをお話ししていただく予定でおります。オンラインも同時並行で配信しますので、よろしければご参加ください。それが1点ですね。
もう1個は、東京都の事業だったんですけど、受託研究で、フリースクールの子どもたちに多様な学びを保障しようっていう活動を効果検証をしてほしいという受託研究が通りまして、そこでは、多様な遊び、特に体の感覚を使った遊びというのをやった時に、体にどんな変化が起きるかなっていうのをやってみました。子どもたちはやっぱりフリースクールの子どもたちなので、もう少しコミュニケーションが難しいかなとか、色々考えてはいたんですけども、全8回、遊びと測定、体の測定っていうのを繰り返しやりまして、最初は2つのフリースクール、全然違うフリースクールの子どもたちが一緒になって始めてたので、最初は同じフリースクール同士の中で少し会話があるかな程度だったんですけど、だんだん遊んでいくうちに、どの子がどっちのフリースクールかなってわからなくなるぐらい溶け込んでいって、日頃のちょっと様子を見てみると、お昼ご飯を食べるのも、前にタブレットを置いて1人でお弁当を食べるみたいな光景があったり、一緒にお友達と食べていても向き合ってはいない光景の方が私は結構見ていて、横並びになってそれぞれお互いタブレットを置いて食べているとかっていう光景だったので、人との距離感とかも、パーソナルスペースっていうのがすごく大きいんじゃないかなって思っていて、スキンシップもどうやったら取れるかなとか、色々考えてたんですけども、だんだんそこに一緒にいるっていうコミュニケーションが取れたところで、会話がすごく成立していたのかどうかはわからないんですけども、だんだんこの距離感も近づいてきて、最後には本当にみんなでぎゅって固まれるぐらい、腕を組んでみんなで固まれるぐらいの距離感までできるようになって、それはなかなかお話ができなかったっていうフリースクールの子どもも、自分から話しかけてる姿が見れたりとか、っていうことがあって、本当に遊びの力ってすごく大きいんだなっていうことを感じました。
フリースクールの先生たちは、日頃チャレンジすぎて、そういう遊びを提案してきていないっていうことだったんですね。腕を組んで人との距離感をぎゅっと縮めるっていうこととかはやってこなかったっていうお話もありまして。段階を踏めば、そんなこともできるんだなっていう風に思いましたし、たった90分8回だったんですけど、その中で子どもたちがこんなに生き生きと遊べるようになるんだなっていうのでは、そういう環境の作り方だとか、ちょっとの大人のさじ加減とか、周りで見てる人のさじ加減で、すごい変わってくるんだなってことを改めて感じました。
結果的には、ストレス指数とかも測ってたんですけど、だんだんだんだん落ち着いてくる、体を動かしてるにも関わらず、だんだん落ち着いてくるみたいなことがあったりだとか、それによって、ちょっと意識も変わって、活動日前日の終業時刻が早くなったりだとか、そんなことが生まれてきて、ちょっとのきっかけで、子どもたちのいろんなことが、生活も含めて、意識も含めて変わるんだなっていうことを、今回調査をしてわかって、遊びってやっぱり大切だって。
フリースクールっていうと特別な場所みたいに思われますけど、でも、そういう場所だけではなくて、日常の学校の中にも大切なんだなってことを感じました。で、すいません、近況ばっかりなんですけど、ただ、でも、そうは言っても、なかなか遊びって入ってかないなっていうことも感じていて、学校の中もそうですし、社会とか、すごく必要でやってみようっていう人たちはいるにはいるかもしれませんけど、なかなか社会の中で、遊びよりも大切なものみたいなものが大人の中でどんどん作り上げちゃうんだなと思ったり、学校の中でも、休み時間も宿題の時間になっちゃったり、補習の時間になっちゃったり、そんなことが起きているようなので、なんかもっともっと、うーん、年を重ねれば重ねるほど、遊ぶ時間とか自由な時間っていうのがどんどん学校生活の中でなくなると聞きますので、そういうところにも広げられるように、いろんな多方面に、それが大切だよって言ってる人同士でそれが大切って言って、そうだよねっていうのはわかる、もちろんそうなんですけど、そうじゃないところにも広げられるような方法がないかなって思ったりもします。
そのためにはどうしたらいいのかとは全然思いつかないんですけど、学校の先生たちの中で、「いや、今これやらないと。遊んでる場合じゃない」みたいな先生たちにこの話を伝えたらどう思うんだろうなとか、「学校で遊んでるから、学校から帰ってきたら塾で頑張りなさい」って言ってる親にこれを伝えたらどう思うかなとかっていうことも考えるので、そこに伝えていきたいなっていう風に思っています。
ちょっとすいません。全然方策はないんですけど、行こうと思いました。以上です。
大屋 寿朗
はい、ありがとうございました。一通り皆さんのお話聞いて、私も参加してる一員として近況報告をさせていただこうと思います。
今日、多田純也さんと北島さんが、先ほどからご紹介してるんですけども、全児演という、全日本児童青少年演劇協会か、60人ぐらいの演劇人ですね、子どものための舞台芸術に関わってる演者の人たちが主に、それはプロもアマも含めてなんですけど、かなり多くはプロのメンバーなんで、そこで何が話し合われたかっていうと、まさに「権利」。“権利とは何なんだろう”っていうことが。それで、進行がただじゅんさんで、パネラーが北島さんで、北島さん、あまり「ひろば」では喋る時間がなかったんじゃないかと思うぐらい、今日は時間もらって喋られてましたけど、とても面白い話でありました。
いつもセミナーなんかで聞いてるお話ではありますけれども、要するに、演劇とか子どものための舞台をやってる人たちに、31条の視点、子どもの権利条約の視点で、自分たちの仕事、あるいは僕らが一緒にやってる運動を捉え直してみませんかと。言葉として提案があるわけじゃないんですけど、その内容がシンポジウムの中で話されていました。これも、この「ひろば」が作り出している運動の広がりだなと。
そういうことが形として、先ほどカレンダーの話もありましたし、31条のひろばを、この6年間続けてきたことが成果として広がってると実感できます。それぞれの人たちは、自分の見えてるところしか見えてないんだけど、こうやって色々聞いてみると、なるほどねっていう広がりをしているし、あるいは広がってないなという、先ほどの神代さんのある無力感みたいなものも含めて、どうしたらいいんだろうっていうことも含めて、感じ合える場にもなってるのかなと。“感じあえて発見し合う場”としての31条のひろばというのは1つ大事なところで、それぞれ自分が自分の体験を持ち寄って、そこで話し合うということの積み重ねたことの意味は大きいなと、皆さんの話を聞きながらも思いました。
それで、Art.31の近況ですけども、先ほど鶴田くんがちょっと言ってくれました。謙太くんと鶴田くんと、ケンツルコンビと私は呼んでるんですが、2人が言ってくれますけど、この3月から原村に事務所を構えることになりました。グループホームをやっていたちょっと面白い家を借りることができて、個室がいくつかあるんで、そこに鶴田くんと謙太くんは住み込みで仕事をすることになるんですが、私も含めて3人が原村を拠点に常駐して、事務所を持って活動し始めるということになります。
Art.31、今年10周年なんですね。10周年記念として、Art.31が今関わってる舞台芸術を一挙に集めてみんなで見てもらおうというフェスティバルをやりたいねって話をしています。イタリアのミラノから読んでるミケーレ・カファッジというパフォーマーが、「原村でフェスティバルやろうよ!」って言い出したもんで、「ちょうど10周年だ」と思って、先ほどから紹介されてる中田一子さんと前田さんの『ワニブタオンステージ』も、それからパントマイムの清水きよしさんも、それからミケーレの奥さんの藤原いずみさんの「みんなでピカソを書こう」というライブステージとワークショップうを、8月の8日から11日まで、そして12日には、最初にお話した「その後のウサギの物語」。今、北島尚志さんの作・演出で、ただじゅんさんやバーバンのメンバー、それからけんけんくじらとか、なにぬのやこさんとか、このフォーラムの中で、「ひろば」の中で出会った人たちと、今一緒にプロのメンバーで芝居作ってんですね。本当に子どもたちと観客とともに対等に作り合える芝居ってできないだろうか。今日、全児演総会でそんな話も北島さんはされてましたけど、やっぱり演劇っていうのは、元々観客と舞台は共に作るっていうことが演劇の原点なんですよね。そういう意味で、舞台の上から芸術鑑賞として見せてあげるではなく、演者たちは舞台の上で表現するんだけど、観客がそれぞれ自分の感性で受け止めながら、そこでまた表現が始まっていって、劇場空間そのものが共に作る空間になっていくっていう本来持ってる演劇の力をどうしたら子どもたちとできるかっていう今実験をしてるんですが、その作品も8月の12日に原村でやります。「原村8000人しか人口いないのに、そんなに舞台いっぱいあってどうすんの」っていう話はあるんですが、ぜひ皆さんも全国から見に来ていただければ、一挙にArt.31の作品群が見れますし、ナマの前田さんや中田さんと出会うこともできます。握手ぐらいしてもらえるかもしれません。サインぐらいしてもらえるかもしれません。そういう意味で言うと、31条のひろばとArt.31の活動と噛み合いながら少しずつ広がってきてるなというのが、31条の私の近況報告であります。
これ以外にワークショップを去年やりました。ワークショップのリーダー養成をやっていこうということで始めたのが去年のセミナーだったんですけども、去年セミナーをやっていく中で、さらに踏み込みたいという意見があったので、3月29日にセミナーの第3回をやることになってます。
セミナーは独自の運営で独自に発展させていくっていうことですけれども、そこにまたいろんな人たちが集まってこれる、そういう場を作っていこうと、まさに一つの「ひろば」として発展させていこうっていうことで、セミナーの方は広がってます。
それからキャンプですね。キャンプは去年までは佐久穂町の夢の国と1か所でやってたんですけども、これは、ここで続けていくかどうかっていうのは佐久穂の地域の人たちの中で輪ができてきたので、保育園も含めて、それからあそこの荒馬座の稽古場の参加者とか、いろんな人たちがそこで続けてきた成果みたいなものをどこが発展させるか、その地域の課題として、先ほど浜田の方もおっしゃってましたけど、やっぱり子どもたちは地域にいるので、その子どもたちと向き合ってどう活動していくかっていうのを、そういう意味で言うと、キャンプの発展形としてはあるし、そのキャンプも最初は実験として、これがなんか全国からみんなが集まってきて、なんか大きなジャンボリーかなんかやろうっていう意見もありましたけど、というよりは、そこで1つの実験として、そういうキャンプをやってみることで、全国各地で行われてる野外活動に対してのなんか提案ができないだろうか、なんかそういう発信ができないだろうかってことで始めたので、もう去年で5回が終わったので、ちょっとここは1つ区切り目にして、あとはどう発展させていくかは、地域やあるいは佐久穂も含めて、地域でどうしていくかっていうことを問いかけていきましょうということに今していて、キャンプの中心メンバーはまたそういう話を、どうムーブメントにしていくかってことを話し合っていこうっていうことにしてます。
3つの「ひろば」と言ってたのですが、そういう意味で言うと、フォーラムというところに、僕らは「ひろば」の真ん中、「センターフォーラム」って最初言ってましたけども、「ひろば」が、集まってくる場所、みんなが集まってきて、そこで年に1回お互い顔を合わせて励まし合えるていうのを、そしてそこで色々状況を出しあって、意見交換をしながら発見して持って帰るっていう、そういう、主体的に参加できる場所に「ひろば」ということはしていこうねということで、去年はオンラインもやめて、生の対面の集まりにししてみた。色々まだ試行錯誤の途中ではありますけれども。
でも、さっき意見として、毛利さんも神代さんも、問題解決にどう向かっていくのかっていう、今の問題をどういう風に捉えていくのかっていう整理だとか、ということもきちんと話し合っていける場が作れたらいいなということも、1つの発展としては今6年目、7年目にして考え始めたところで、そういうことで話し合える場としても、先ほどちょっと運営委員会、今は運営委員会ということにしてますけども、運動と運営について語りあうという議題で議論をしていく場。近況報告だとか自己紹介っていうのは簡単に終わらせて、議題として話し合っていきたい。
それから、やっぱり参加者を広げたい。去年は、清水さんが言われたように、車座になってギリギリみんなで話し合える人数だったかなというところでよかったんですけど、かなりのエネルギーをかけて1年間かけて準備していきますので、そこは裾野の広がりというか、運動としての広がりも作っていきたいという強い思いもあります。集まった顔ぶれの新鮮さも大事です。
そういう意味で、そこに向けてどういう風に広げていこうかということなども、そこを課題にして話し合う場が必要なんじゃないか。でも、それは今のチーフ会議という括りではもう限界だということもあります。もっと広げて、一緒にムーブメントを考えていく場を必要とする。31のひろばというムーブメントを考えていくという場が運営委員会ということで、今年はちょっとやってみようかということではあって、でも、やっぱりみんなが出会って、あるいは新しい人が入ってきて、この場を、こういう場を、こういういろんな人たちがいて、いろんな活動が全国で行われてるよってことを知ってほしいなって思いも参加者の中にはあるっていうのもお聞きしていますので、いろんな人が、例えば新しい人を連れてこられる、ここに集まってこられるというような、広げていく場としての実行委員会、実行委員会ではないかもしれないですね、確かに、そういう意味で言うと、「プレ広場」なのか、これを「ひろば」と呼んでも、系統的にやっていって、11月にみんなで対面で会うのはもういっぺん「センターフォーラム」と呼ぼうかとか、いうような、今日の話し合いの中で確かに色々考えさせていただきました。
基本提案についてはそれほど反対はないのかなという風にはお聞きしましたので、これもやっていきながら、今までは、動き出した時に動き出したことを修正する場っていうのは基本的にはチーフ会議ぐらいしかなかったんですね。でも、もっと民主的にというか、みんなの力を借りて運営していくっていう、みんなの力を出し合えて、運営にも出し合えていくっていうことを課題にしながら進めていきたいな、そういう広がりがもう持てるようになってきたのではないだろうか、あるいは今までのやり方ではもう限界になってるなっていう、その両方の意味での提案であります。
本当に31日、毎回毎回チーフ会議、僕と齋藤さんとは二役の打ち合わせをして、そしてチーフ会議をやって、そしてこの実行委員会を持つんですね。で、色々提案もしながら、でも提案するけど、その提案について議論をする時間がない。交流する方を重視してきましたので、そこについて議論をする時間もなくて、ここまでは、そういう意味で、形を作ってくる6年間だと思いましたので、それであえて進めてきたっていうことではありましたけれども、さらにどう発展させていくかっていうところでの提案でありました。
3月には、今日の話を基にしてどうやって進めていくっていう形から含めて議論をしたいな。
要するに、今提案はしてますけれども、この提案、ここで確認するというよりは、確認の場は3月にさせていただきたいと思ってます。
そこで議論をしましょう。今日のいろんな意見がありました。運営についての意見、それからこの運動についての意見っていうのをもっとそこで議論したいなっていう風に思ってますので、ぜひ、今参加されてる皆さんは3月もぜひ参加してください。さらにもっと広げていくための視点を持っていくっていうことも含めて、いろんな人をそこにも誘い込んでいきたいなという風には思ってはいます。
なんか質問あります。そこまでで。
これは今日の議論での発展なんですけど、ここで確認するというよりは、やっぱり3月のところでもう少し話を詰めて、11月になりましたのでね、2ヶ月準備の時間が長くありますので、今度の3月にもう一度、「どういう風に広げていこうか」「どういう風に中身を深くしていこうか」「深くすることと広げていくことと、この両方の課題をどうしたら、私たちはこの課題に挑んでいけるのか」っていうことを、皆さんのお知恵をお借りしたいという風に思ってます。
いかがでしょう。よろしいでしょうか。持ち寄りましょうね。考えてね。ですから、だ、今度は5分間ずつ喋りましょうっていう時間はないと思います。3月は一応、議題を整理、今日の意見は、こんな意見が出たっていうことも整理して、皆さんに、今日来られてない方もいらっしゃいます。
今日、録画もしてますので、それを見れるようにして、欠席の方には、さっき神代さんが、欠席とその状況が伝わることで、自分も継続して意識が持てたっていう風におっしゃっていただきましたので、そういうことも含めて、録画で、アーカイブで見れるみたいなこともあっていいのかなという風には思いますので、とりあえず整理します。整理して皆さんにお伝えしますので、録画見れるかは、また置いときましょう。
最初にそんなことを断って議論してますので、ちょっと今乱暴かなって今自分でも思いましたので、一応でも議論としてこんなことが出てましたっていうのは整理した上で、3月にもう一度お会いしたいという風に思いますが、いかがでしょうか。
質問とか、「ちょっと待って、それは」っていう異論とかありましたらお話いただければ参考にさせていただきます。次までに。とりあえず3月31日にもう一度集まって、あるいは清水さんは3月は無理よっておっしゃってましたので、意見を整理した上で、またそれを見て意見を寄せていただければ、今日のように紹介をさせていただきますし、それで積み上げていければ、築いていければっていう風に思いますが、よろしいですか。はい、ありがとうございます。これ終わる頃にはちょうど8時になると思いますので、これで終わりたいと思います。ぜひ、今日参加されなかった方に、特に同じ仲間で日頃活動されてる方たちには伝えていただいて、ぜひ今度の運営委員会、仮称運営委員会にしときましょうか? 3月31日の相談の場に、ぜひ皆さんが参加していただけるように呼びかけていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
ちょうど8時になりました。じゃあ、これで終わります。ありがとうございました。お疲れ様でした。
